主人公が天才じゃないと安心できない


こんにちは、路地裏です。

秋アニメスタートの時期ですね。

私は毎年新アニメスタートの時期になると歳を感じてしまいます。


というのも、


新しいアニメに手を出す元気が年々なくなる!!


前は声優とか絵柄とかストーリーとかで新しいものにも手を出していたのに、今や原作知ってるやつか二期かしか見なくなりました。たまには新しいの見るか…と思っても、結局1,2話でやめてしまう。忙しいのもあるけど、忙しさを盾にして見ないところもあります。


でも少し前に「ヨッシャー!」と思って前評判も良い原作アリのアニメを見てみたんですよ。絵も綺麗でお話も絶対面白いであろうそのアニメ。

が、イマイチ私のツボにはまらなかった…


そこで気付いたんです。


主人公が天才じゃないと安心できない!!!!!


私が一念発起して見たアニメ(大袈裟!)の主人公は天才型ではありませんでした。普通の人でこれから普通に努力して普通に挫折して栄光を掴み取るんだろうな〜って感じでした。


もうこの歳になると、そんな心を揺さぶるようなアニメはしんどいんですよね……


その点天才型の主人公はなんの心配もなく見れます。

我々読者視聴者が心を痛める必要がないんです。


最近ナルトを読み始めたんですけど、この歳このオタク歴にして初ナルトなんですけど、うずまきナルトもどうせ「やる気と気合と元気でどうにかするってばよ!」的なアレなんだろ〜?と思っていたら、あいつ身体に九尾狐なんて宿してるんですね!その設定知らなかったです。九尾のチャクラのおかげでなんかもう生まれ持ってすごいぜ!ポテンシャル高いぜ!みたいな、ナルトならまあなんとかやってくれるだろ!って安心して読めますよね。


最近(でもないけど)見てハマったアニメは暗殺教室食戟のソーマです。これもわかりやすく主人公が天才。

渚くんは暗殺能力に長けているし、ソーマくんは厳密に言うと天才ではないけど、バッタバッタと敵を薙ぎ倒していく姿は見てて気持ち良いですよね。


あと私の好きな漫画はテニスの王子様ジョジョの奇妙な冒険です。言わずもがなですね。

リョーマくんなら敵が人外でも倒せそうだし承太郎は超絶強いし仗助くんも頭キレるし。


つまり、

主人公が天才だと安心できる!!!!

何も心を痛めず!何も感情を揺さぶられず!心配もせず!清々しい気分で先の展開を楽しみにできる!


要は頭を使わなくて良い!!

年々頭を使わなくて良いアニメ漫画に流れるようになっていく!!


というわけで、主人公が天才じゃないと安心できないというお話でした。


次回、「設定が簡単じゃないと楽しめない」。お楽しみに。

チムライ氷帝における「可愛いさ」とは何か

しばらく更新してなかったらはてなブログから「そろそろ新しい記事書きませんか?」的なメールが来ました、路地裏です。「今日更新しようと思ってたところ!」って小学生みたいな反応してしまいました。



この前チームライブ氷帝のDVDを買ったんですよ、とってもとっても最高でした。

で、その中で彼らはしきりに他のメンバーのことを「可愛い」って褒めるんですね。それが私にとって少し不思議で。


だって彼ら(この際の「彼ら」はキャストという意味とキャラという意味の両方を含みます)は「カッコイイ」を売りにしてるじゃないですか。特に氷帝なんて原作においてビジュアル重視校No.1だし。

カッコイイ彼らの中から我々オタクが「可愛い」を見つけて楽しんでる、というのがテニミュのスタンスだと思ってたんです。

なのにチムライ氷帝ではやたらと「可愛い」を押し出す。なんでだろうなあとずっと考えていました。


多分、それは、「カッコイイ」のは当たり前だからなんだと思います。

彼らがカッコイイのは当たり前だから、お客さんからのレスポンスがモロに来るチムライのようなところで全面に押し出すのをやめたんだと思いました。


…これだとわかりにくいですよね、逆に考えてみましょう。

たとえば、今回のテーマのファッションショーでの衣装を、「どう?可愛いよねー!?」とお客さんに聞きます。そりゃ可愛いアンド可愛いので「可愛いー!!」って答えます。でも、もし、万が一、「可愛いくは…ないよね(笑)」「可愛い、かなあ?(笑)」みたいな反応だった時。これはお客さんが悪いとかそういう話じゃなくてね!もしそんな反応だった時、彼らはどう思うか?テニプリキャラとして、俳優として、致命傷になるのか?


「そりゃそうだよな、俺たち男だし良い年の奴もいるし(笑)」

「キャラ自体も可愛いっていうよりカッコイイ人たちばかりだもんな」


ってなると思うんです。

仮に「可愛いさ」が否定されても、彼らはそこまで傷付かないんです。だって売りにしてるのはカッコよさだから。

逆に「カッコイイ」を全面に出してコケた時、これはもうダメですよね。テニプリキャラにとっても若手俳優にとっても致命傷です。もちろん彼らは俳優としてもキャラとしても可愛いアンド可愛いアンド格好良いアンド格好良いなので何も否定するところはないんですけど、まあ仮の話です。あとこの場合の「カッコイイ」は顔もダンスも歌もキャラ設定も含めてあります。


つまり、言ってしまえば、チムライで強調してた「可愛い」は、否定されても、肯定されなくても、特に痛くないところだったのではないか……ということです。

もちろん、一個人の意見です。

多分チムライという3rd初の試みだったから模索してるんだろうなって思いました。ドリライはお客さんの反応もある程度予想できるから「コケた時の予防線」とかは張ってないですもんね。


あと余談ですが可愛いアピールされたことで、むしろより格好良さが引き立ちましたよね!

特にウサ太郎抱えてモコモコ部屋着に身を包んだ宍戸さん!の立ち方!男気200%!!



読んで下さりありがとうございました。これから会議に出かけます。社会人なので。

ジョジョ映画感想

こんにちは!

先日フォロワーさんと実写ジョジョ見てきました。ちゃんと見届けるのはファンの役割です!そして感想をはてなブログに記すのも悲しきオタクの役割です!



感想は、良くも悪くも「一般人に向けたジョジョ」。

もっと乱暴に言うなら「原作寄りの自己解釈本」(120ページくらいあるやつ)。オープニングカッコよかったから表紙とか遊び紙とか凝ってるやつですね。


そんな感じで良いところも悪いところもたくさんあったし解釈違う!!!ってところもたくさんあったけど、今回は一番萌えた、というか私の琴線に一番触れた「アンジェロと形兆の食事シーン」についての感想を書きます!

ちなみにツイッターの公式アカウントではこの食事シーンを「密会」と呼んでました。密会。高まるね。

なお、以下に腐向け要素は無いですが腐女子が書いた感想ですのでご注意下さい。そしてネタバレも含みますのでご注意下さい。



まずジャンププラスで4部無料配信してるから読み返してみたんだけどアンジェロの設定がかなり変わってました!

実写では、アンジェロが最初(?忘れた)に殺したのは父親で、警察に追われてる途中で形兆に矢を刺されてスタンド使いになっています。


で、それから数日経ち、アンジェロの方から形兆を食事に誘います。(ここ台詞なかったので純粋に食事に誘ったのか、流れで食事したのかは不明。というかこのシーンの文脈が不明。描きたいとこだけ描く腐女子かよ)

この2人は、敵ではないけど仲間でもなくて、形兆のがパワーが上なのでアンジェロは言う事聞いてるっていう関係です。

あと、父親を恨んで殺したアンジェロと、父親を恨んではいない…恨んではいないんだよな……そうだよな兄貴…わかるぜ俺は…って感じの形兆という対比になってます。

実際アンジェロに「お前も父親が憎いだろ?」的なこと言われた形兆兄貴はブチ切れてました。でも否定の言葉は口にしない兄貴…。

多分、この物語の中での「悪役」なのに正反対の2人を演出したいが為の食事シーンだったんだろうなあと思います。

根っからの悪人であるアンジェロは食べ方も汚くて、一方の形兆はお行儀良くお食事してました。

ていうかここまで書いて気づいたんですけど私「正反対の2人」とか「対比できる2人」みたいな組み合わせが好きなんですけど高まった理由明らかにこのせいですね!?顔カプならぬ関係カプだ………

だってホラ、5部のボスとリゾットが食事密会してたら萌えるでしょ…?7部の大統領とディエゴが食事密会してたら萌えるでしょ……!!??それと同じなんだよこれは……!!


私はジョジョの疾走感が好きなんですけど、三池監督はそのスピードに振り切られた人を掬って映画に落とし込んでくれたなと思いました。原作寄りの自己解釈本だわ。

というわけで、虹村形兆の内面に触れたい方は見に行って損は無いと思います。今思うと虹村兄弟には解釈違いがなかった!すごい!!

3rd氷帝大楽を私は忘れない

こんにちは、柄シャツが欲しいのに買う勇気がない路地裏です。

ブログなんだから導入文も必要じゃない?ってことに投稿3つ目にして気付きました。


今日は3rd氷帝大楽のお話です。

そう、財汁ブシャ-氷帝大楽です。


私はこの出来事を忘れないように定期的に思い出しているんですけど、いかんせん当時はそこに触れない方がいいと思ってたので(特にみうくんの気持ちもあるし)自分のツイート見返したけど何も、なんっにも触れてなかった!

ていうかあの日は大泣きしすぎて疲れたからろくにツイートしてなかったです。もはや考察云々より寂しさのが上回る夜でしたね。


というわけで、今更氷帝大楽感想を書きたいと思います!


まず出来事として、

跡部vs手塚のときに相手のラケットがこめかみ?に擦りざいきさんが流血

・顔に血が流れてる!っていうよりユニフォームが血に染まっていた(多分汗で埋まってたんだと思う)

・本当にそこまで大げさなケガではなかったみたい  皮膚が薄いところに当たったのと汗と混じって血が大量に見えただけの模様


ちなみにどうでもいいんですけどわたしはギロッポンの映画館でライビュ見てました。

流血は最初そういう演出かと思ってました。凱旋見たの大楽が初めてだったし。でも、よくよく思い返せばこのシーンは流血してないよな?と思い、初めてざいきが血を流している!?と気付きました。

肩を痛めてる手塚と流血している財木が重なって、「もうやめるんだと」の台詞は手塚に言ったのか財木に言ったのか、大石が、しゅんくんが、それでも送り出してくれたのは青学の未来のためなのかテニミュの未来のためなのか、見てるこっちも心の底から「このまま試合続けて大丈夫なの?」と思った試合でした。

決して喜ばしい出来事ではないですが、流血があったからあの試合が何百倍にも厚くなったと思います。


で、残念というか悔しいのが、これが大楽だったってことなんですよね!

DVDに収録されるのは大楽です。

大楽が集大成だからかな、と勝手に考えています。

彼らの集大成はあの流血も含めての集大成なんですよ!なのにDVDには収録されないんですよ!

そこが悔しいなあと思います。

もちろん全編差し替えではないと思うし、手塚戦だけ?はたまた流血が映っている場面だけ?の差し替えなのかもしれませんが、あの「誰として舞台に立っているのか」「舞台に立っている人を誰として見ていいのか」がわからなくなる緊迫感、ああ、私はとんでもないものを見ているなあと思いました。

あの演技は大楽だからとかそういうのをぶち抜いた何かがあったはずです。

DVDで繰り返し見ているあのシーンは、その出来事を知らない彼らなんだなあと思うと、少し残念です。

だから観劇は面白い……と無難なまとめしかできませんが、DVDに入っていなくてもわたしたちは一生忘れないからな!!

忘れないことが一番の青8への手向けだと思ってるからな!!!

3rd立海観てきたよ

各キャラについて思ったこと書きます。


幸村

ベッド磔わたしは生贄じゃんと思ったので生贄派でいこうと思います。キリスト解釈すごく素敵なので大好きなんですけどあえて生贄でいきます。幸村くんの病気は立海が常勝するための糧となったのだ。


真田

もしかして彼中学生なのでは!?と思える真田さんでした。

幸村くんに電話する声が優しくて優しくて、「これ聞いてていいやつかな!?」ってドキドキしました。


少年ダ〜〜!!って感じの柳さんでした。多分この柳さん、クラスメイトとお喋りに夢中になって先生に怒られる一面も持ち合わせてるタイプの柳さんだよ。「あ、すみません…」ってシュンとなって謝って欲しいもの。


柳生

腹に一物どころか三物くらい抱えていそうな仁王先輩よりペテン師なジェントルマンでした。弱みでも握られてるのはきっと仁王先輩の方。


仁王

なんだかんだ優しそうなペ天使でした。口では色々言ってるけど立海大好きテニス大好きなところが隠しきれてない…。人騙すより驚かすのが好きそうだよね。


ブン太

立海のムードメーカーアイドルブン太くん!だった!持ち歌がとにかく可愛いので早くドリライですまんゴメンソーリーしたい。

ベンチでやたらと赤也に絡むの先輩面してて良いと思う。


ジャッカル

優しさのかたまり。

仁王とブン太にからかわれる赤也を「可哀想だろ!?」って止めたり不二先輩に追い詰められる赤也を誰よりも早く応援したりしてくれる。優しい。


赤也

先代たちも2次元から出て来たなと思ってたけど3rdはそれどころじゃなく2次元そのものだったのでびっくりしかない。ヘイジーニアスの煽った言い方大好きだし試合中とベンチのギャップたまらん。


紅桜篇の意義について

紅桜篇って銀さんの過去に関わる話の最初の長編なんですよね。今までふんわりとしか伝えられてなかった銀さんの過去が少しだけ明らかになって、ただのちゃらんぽらん野郎だと思ってた銀さんには実は重い過去があったんだ!という「匂わせ編」なんですよね。オタク偏差値高い人はそこでもう「過去の色々を背負ってるから今はあんなちゃらんぽらんを装ってるんだな…」とか推察できちゃいますよね。銀さんは決して自分から自分の過去を語ったりしないし、美談にも悲劇にもしないし、そんな銀さんの性格がギュッと詰まったセリフが「ラーメンこぼして捨てた」なんだと私は思います。本当に坂田銀時という男は、っていうか銀魂の登場人物は、ほとんど自分のこと語らないので、見てる側が推察しなきゃいけないんですよ。

紅桜篇も銀さんと桂の共闘があったりととっても格好良いお話ですが、実際は過去が全て明らかになったわけでもないし銀さんと高杉が闘ったわけじゃないし、何かが解決したわけでもないし、意外と「何もしてない」のが紅桜篇なんですよね。というかそもそも銀さんと高杉はそんなに対峙しない。空知はなかなか彼らを対峙させてくれません。そこが彼らの関係における「萌え」だと私は思います。

つまり紅桜篇は序章に過ぎないんですよね。


で、以上を踏まえて実写のお話。

実写映画すごく面白かったです。銀魂見てるなーって感じでした。まあ、あくまで「実写映画としては最高に面白かった」の域なので、批判とかあるのは仕方ないと思います。

ていうか上で書いたように、紅桜篇は前後の流れあっての紅桜篇なので、あれだけ単発でやるのは難しいと思うんですよね。確かに良い話だけどさ。

あとなかなか本心を見せてくれなくて回りくどいことばかりしてる登場人物がたくさんいる銀魂という作品と、大衆受け、つまり「誰にでもわかりやすく」を狙う邦画の相性が合うのか?という疑問もあるので、多分モヤっとされた方はそこが原因じゃないでしょうか。だってあの銀さん聞いたら過去のことベラベラ喋りそうだもん。高杉もただの破壊神みたいな感じだったもん。

大枠で見たら「何もしてない」が紅桜篇の肝だと思ってるので、銀さんと高杉が対峙したのも、原作ファンからしたら解釈違い。でも演出は格好良かったし単発映画だから闘わせなきゃ盛り上がりに欠ける。ってところですよね。難しい。やっぱ紅桜篇は空知の世界観が本当に本当に丸写しの回なので、他の人が新たに表現するのは難しいよね!?空知じゃなきゃ「ラーメンこぼして捨てた」なんて出てこないもんね!?